コーチである皆さんの多くが、仕事で成功し、実績や実力があるにも関わらず自分自身を過小評価しがちな、いわゆる「インポスター症候群」という心理状態にあるクライアントを支援したことがあるのではないでしょうか。恐怖や不安、自己不信、自己批判、後悔、自信や自尊心の欠如などが、インポスター症候群の特徴です。セッション中にこうした感情が示された場合、それはそのクライアントがインポスター症候群に陥っていることを意味するのか、または、対話の流れの中で、恐怖についてたまたま口にしたに過ぎないのでしょうか?新しい役職に就いたり起業したばかりの頃に、人が不安や自己不信を感じるのはごく自然なことです。一方で、恐怖の感情が付きまとい続け、日常の生活や仕事に支障をきたすことがある場合は、その人が実力を発揮したり成果を上げることを妨げるインポスター症候群に陥っている可能性が高いと言えるでしょう。
インポスター症候群の良い面と悪い面
インポスター症候群であることが悪いことばかりでなく、適度な自己不信を持つことが、より多くの成果につながることがあります。インポスター症候群の人は、すべてを知っているわけではないことを認識し、それを受け入れることに優れているからです。インポスター症候群の人々は、こうした自分の制約を学習によって補う必要があると考えており、勤勉に働く傾向があります。
インポスター症候群の人々は、制約条件を認識しているため、新しい可能性やチャンスにより柔軟に対応できるほか、高い課題解決力を持っています。その一方で、過度な自己不信感や自信のなさは、モチベーションや挑戦する気持ちに悪影響を及ぼします。つまり、恐れを感じていることを言い訳にして、チャンスをつかみ取るための一歩を踏み出さなくなるのです。また、インポスター症候群の人々は、弱点などがさらけ出されることを恐れるあまりに助けを求めることをためらう傾向があり、これが個人の成長の妨げとなる場合があります。プライベートを犠牲にして仕事に打ち込む人が多いのも特徴ですが、役割にふさわしい成果を発揮していないとして、自分を責める傾向にあります。
インポスター症候群の対義語は?
インポスター症候群の対義語は「傲慢」です。アダム・グラントは著書『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』の中で、実際のスキルに見合わない過剰な自信を持つことを指す「アームチェアクォーターバック症候群」について触れています。改善点などへの自己認知が低く、周囲の評価よりも自己を過大評価していることを指す「ダニングクルーガー効果」と呼ばれる状態も、インポスター症候群の対極にある心理現象だと言えるでしょう。
自信と謙虚さの健全なバランス
自信と実際の能力が不均衡になっている時に、人は「傲慢さ」と「インポスター症候群」の間で揺れ動きます。前述のアダム・グラントは、「自信に満ちた謙虚さ」の習得が不可欠であるとし、どちらの側にいる人も、自信と謙虚さの健全なバランスを維持するため、心理状態を反対側へ移動するよう取り組む必要があるとしています。ブレネー・ブラウンは著書『Dare to Lead』の中で、このバランスについて「根拠のある自信」がある状態としています。
インポスター症候群であることを機会に変える方法
1. 不確実性を受け入れる:人間によるすべての行動は不確実性に満ちています。この根源的な真理をクライアントが受け入れることで、自分がコントロールできることや影響を与えられることと、受け入れるべきことの違いを認識し、それが自信を生み出します。
2. すべてを知ろうとしない:誰もに認知のブラインドスポット(盲点)があります。知らないことを認め、勇気を持って自分の弱点に対処することが必要です。弱点があることを恐れ、クライアントの自尊心が奪われないようにすることが大切です。
3. 自分を信じる:女子テニスのセリーナ・ウィリアムズのコーチであるパトリック・ムラトグルー氏は、「何かを手に入れたいと願う前に、まず心から信じることだ。そして一生懸命に取り組めば、すべての願いが叶う」と語ります。自信は練習して習得ができるものです。意識的に強みを発揮する機会を持つことにより、自信は向上するでしょう。
4. 成功のリストを作る:成功体験の積み重ねは自信につながります。リストには、成功の規模に関わらずすべてを記録し、どんなスキルや資質を使って成功が実現したか、その過程で何を学んだかなどを書き留めます。詳しく具体的に文章化してみることで、強みや成功につながった行動パターンを知ることができます。またこのエクササイズを通じて、成果を認めることを拒否または軽視したり、自分の実績を他者に譲る傾向(インポスター症候群の典型的な特徴です)などにも気づけるようになります。
5. 「リフレーミング」で視点や枠組みを変える:恐れの中に興奮を、不安の中に感謝や好奇心を感じることも可能です。ネガティブな感情によって、実際に起きた出来事を捻じ曲げさせない強い気持ちが、行動する勇気を生み出します。
6. すべての課題への解決策を準備しない:すべてを知らないことを恐れず、不確実な状況に協力して対処できるのが最高のリーダーです。すべてを知っている人より、学び続ける人の方が強いものです。
7. 呼吸を意識する:ドロシー・シミノビッチ博士は、「不安と興奮の違いは、呼吸の仕方です…この視点を持つだけで、危険に見えるものへの意識も変わるでしょう」と語っています。一歩引いて物事を見ることが、視点をリフレーミングするコツです(箇条書きの5番目を参照)。
8. 目的を再認識する:クライアントが何を信じ、どんな時にやる気が高まるのか、本当に大切なものは何かなど、クライアントの指針となる価値観を再認識するのを支援します。目的を持つことは、怖くても前に進む勇気を与えてくれます。
クライアントには、インナークリティック(心の中で自分を批判する声)を鎮め、自信に満ちた謙虚さを築くサポートをする一方で、インポスター症候群にうまく対処するための取り組みの価値を再認識してもらえるような形でセッションを進めます。自信に満ち、自己認知力やレジリエンス(心の回復力)の高い人間になるという自己の内面の変革は、社会的な成功と同じくらい重要です。ダライ・ラマによる「他者より優れることではなく、過去の自分よりも優れた自分を目指すべきである」 という言葉がそれを裏付けています。